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2012/01/30

カスカヴェウ、マウウィーのウェア販売

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2012/01/26

Fリーガーを目指す選手を育成

マリオフットサルスクールでは、13歳から18歳のカテゴリーで将来Fリーグで活躍することを目標に
2012/01/24

サントスFCのユニフォーム販売

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サントスFCアカデミー

元ブラジル代表のリマが開校式に出席へ
2009/10/09

Lima (c) SANTOS FC   元ブラジル代表の選手でペレとも一緒にプレーしたことのあるリマが2010年1月に行われるサントスFCサッカーアカデミージャパンの開校式に参加することに決まりました。また、サントスFCサッカーアカデミージャパンではクリニックを実施し、選手のセレクションにも協力する予定です。

   そこでこの機会にリマの輝かしい経歴をおさらいしましょう。リマは1942年1月18日にミナス・ジェライス州サンセバスチアン・ド・パライーゾ市で生まれました。本名はアントニオ・リマ・ドス・サントス。サントスFCには1961年に入団。プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせたときポジションはボランチでしたが、強いフィジカルの持ち主だったこともあり試合によってはサイドバックやセンターバックを、またそのテクニックの高さを認められ、1962年の世界クラブ選手権決勝などでは攻撃を任されることもありました。そのことから1960年代にはクリンガ(オールランドプレーヤー)と呼ばれるようになり、現在でも彼によって浸透したこの言葉は広く使われています。ギリシャのパナシナイコスとサントスFCが試合をしたときには、1試合でボランチ、サイドバック、右センターバック、左センターバック、ハーフの5つのポジションをこなした、という伝説まで残っているほどです。

Lima (c) SANTOS FC   サントスFCではクリンガだけでなく、他のニックネームも与えられていました。中心選手だったジトがチームの「喉」に当たるとしたら、リマは「肺」だと言われていたのです。それだけ彼には無尽蔵のスタミナが備わっていたのです。多くの試合にディフェンダーとして出場しながらも攻撃にも積極的に参加したため696試合で65ゴールをマークし、サントスFCでの最後の年となった1971年には78試合に出場しました。

   サントスFCを辞めるまでに一緒にプレーした選手の中にはペレを始め、ペペ、ジト、コウチーニョなど往年の名プレーヤーばかりです。手にしたタイトルもサンパウロ州選手権(1962、63、64、65、67、68、69、73)、世界選手権(62、63)、リベルタドーレス杯(62、63)、タッサ・ブラジル(61、62、63、64、65)と国内大会を総なめにしています。

   そんな彼は現在、サントスFCの技術監督を担当。以前にはU15の指揮を執った経験もあります。若手の育成に携わること20年以上、サッカーに関わること40年以上の大ベテランは、サントスFCにおける新人選手発掘の最高責任者の一人といえるでしょう。これまで指導してきた選手の中にはロビーニョ(マンチェスター・シティー)やジエゴ(ユヴェントス)など現在のスター選手たちがいます。そんな偉大なコーチが3ヶ月後にはサントスFCサッカーアカデミージャパンにやって来るのです。この貴重な機会をぜひとも逃さないようにしましょう。

 

Lima (c) SANTOS FC

後列一番左がリマ、前列右から2番目がペレ

Lima (c) SANTOS FC

世界クラブ選手権の一枚、前列左から2番目がリマ

(c) Santos FC Soccer Academy Japan

マリオ代表(左から2番目)と現在のリマ(一番右)

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